令和8年10月号
不安定な天候が長く続いています。そして8月・9月と、千葉県内では豪雨や台風による災害が相次ぎました。習志野市でも、床上・床下浸水や道路の冠水、車両の被害などが発生しました。これまでは、千葉県は比較的大きな自然災害が少なく、恵まれた地域なのではないかと感じていました。しかし、今年は「またか」と思うほど災害が続いています。近年は、これまでの経験や前例だけでは想定しきれないような自然災害も増えており、「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫」とは言えない時代になってきたのだと感じます。これまでの常識が、そのまま通用しなくなってきているのかもしれません。だからこそ、さまざまな場面で「万が一」を考え、できる備えをしておくことが、これまで以上に大切になっているのだと思います。
そして、今回の災害を通して、もう一つ強く感じたことがあります。それは、「今の当たり前は、決して当たり前ではない」ということです。私たちの住む習志野市は、県内の他の地域と比べると、比較的被害が少なかったように感じるかもしれません。しかし、市内でも実際に被害を受けた方がいます。床上まで水が入ったり、車が水没したり、これまでの生活を続けることが難しくなった方もいます。つい「自分のところは大丈夫でよかった」で終わってしまっているかもしれませんが、それは「自分たちの地域は大丈夫だった」ということではなく、今回はたまたま被害を免れただけなのかもしれません。被災された方々の様子をテレビなどで目にすると、「もし今、自分がこの状況になったら、どれほど辛いだろう」と考えてしまいます。そして同時に、普段何気なく過ごしている毎日が、決して当たり前ではないことに気付かされます。
「感謝の反対は、当たり前」という言葉があります。毎日ご飯を食べられること。家族と一緒に過ごせること。元気に朝を迎えられること。仕事ができること。そして、子どもたちが元気に園に来てくれること。普段は特別なこととは考えないかもしれません。しかし、よく考えてみれば、こうした一つひとつの「当たり前」の陰には、たくさんの人の力や支えがあります。そして、さまざまな偶然が重なって、今の生活が成り立っています。何かをしてもらうことも、決して当たり前ではありません。そこに気がついて、「ありがとう」と感謝する気持ちが生まれると、その「ありがとう」がまた次の「ありがとう」につながっていきます。人や出来事に感謝することで、相手だけでなく、自分自身の心も穏やかになっていきます。
反対に、「してもらって当たり前」「あって当たり前」と思っていると、いつの間にか身近にある大切なものに気付けなくなってしまうことがあります。当たり前だと思っていたものを失って初めて、その大切さに気付くこともあるでしょう。
だからこそ、何気ない日常の中にある小さなことにも「ありがとう」と思える気持ちを大切にしたいと思います。感謝の気持ちは、人との関係をより良くする潤滑油にもなり、巡り巡って自分自身の幸せにもつながっていくものだと思います。子どもたちにも、身の回りにある「当たり前」に思えることの中に、実はたくさんの人の思いや支えがあることに気付いてほしいと思います。今日も元気に「おはよう」と言えること。大好きな人と一緒にいられること。みんなで笑って過ごせること。そんな一つひとつを「当たり前」と思わず、大切にできる人になってほしいと思います。
私自身も、日々の生活の中にあるたくさんの「ありがとう」を忘れずにいたいと思います。
園長 藤本志磨